介護でも空き家対策でもない。制度のすきまに眠る留守宅ビジネス
空き家は「なった日」から始まるわけではない
空き家問題を相続とセットで考える方は多いと思います。
親が亡くなり、家を相続し、空き家になる。たしかに典型的な流れです。
でも現場に立っていると、その手前にもう一つ長い時期があることに気づきます。
じつは今、ぼく自身がその当事者です。
高齢の母が入院し、実家が長く空くことになりました。相続はまだ起きていない。
でも、人の暮らしは止まっている。ぼくらはこの状態を「留守宅」と呼んでいます。
ざっくり言えば、まだ空き家ではないけれど、誰も暮らしていない家のことです。
暮らしが止まると、家は静かに傷む
母が住んでいたころは、生活そのものが管理になっていました。
戸が閉まりにくければ直し、庭木が伸びれば切り、雨漏りがあれば拭く。誰もそれを管理とは呼びません。
でも住む人がいなくなると、その全部が止まります。
先日も、普段入らない部屋でまさに雨漏りしている現場を見つけました。
20年この仕事をしてきて、これでは医者の不養生です。
庭木は伸び続け、通水を止めれば匂いが上がり、郵便受けはすぐ溜まる。
家は止まって見えて、少しずつ傷んでいるんです。事業者として押さえたいのは、この劣化が相続後ではなく、留守宅の段階から始まっているという点です。
制度のすきまに、需要が眠っている
やっかいなのは、この時期がどの制度からも支援を受けにくいことです。
介護や医療は人を支え、空き家対策は空き家になったあとを支える。
その中間にある「入院しているあいだの家」を公的に支える仕組みは、まだ整っていません。
制度が届かないなら、そこは民間の出番です。見守り、点検、通水や庭木の管理、家族の相談相手。
これらは不動産や建築だけの仕事ではなく、介護・警備・清掃・士業・地域金融と組みやすい分野でもあります。
ぼくの場合、実家が近いので毎日通えます。
でも一時間離れただけで、途端にケアできないことが増える。
その距離を埋める役割にこそ、需要があるとぼくは考えています。
まだ名前のついていない仕事が、この空白地帯には眠っています。
この記事の背景や現場目線の補足は、ぼくの「空き家ビジネスnote」でも解説しています。
















