空き家管理が「認知はされても頼まれない」理由。キャズム理論で読み解く市場の現在地
「知っている」と「頼んでいる」のあいだにある溝
空き家問題の認知度は、もう十分すぎるほど高まっています。
総務省の調査では、2023年時点で空き家はおよそ900万戸、空き家率は13.8%。過去最多の水準です。
テレビでも自治体の広報でも当たり前に語られ、「そんな問題があるのか」と驚く人のほうが珍しくなりました。
ところが、実際に空き家を抱えた所有者の多くは、何もしていません。
近くの親戚に「たまに見といて」と頼む、自分で年に数回帰る、あるいはそのまま放置する。
お金を払って第三者に管理を任せる人は、まだごく一部にとどまります。
知っているのに、行動になっていない。事業者にとって、この差こそが市場の本質です。
キャズムという考え方
ここで一つ知っておきたい「キャズム」という言葉。
ものすごくざっくりいうと、新しい商品やサービスが世の中に広がる途中にある、深くて渡りにくい溝のこと。
マーケティングの分野でジェフリー・ムーアが広めた考え方で、新しもの好きの一部には受け入れられても、その先のふつうの多数派に届かず、手前で止まって消えるサービスは少なくありません。
大切なのは、これが「知ってもらえるか」ではなく「お金を払って使う人が増えるか」、つまり採用の話だということです。
空き家管理は、認知がゴール間近まで来ているのに、採用はスタートを切ったばかり。
この認知と採用のギャップこそが、いま越えるべき溝だとぼくは見ています。
溝は、二枚重ねになっている
この溝をよく見ると、性質の違う二つの層が重なっています。
市場がまだ「ふつう」を用意できていない
一つは供給側、つまり事業者の側の課題です。
「空き家を持ったら管理を頼む」が、まだ社会の当たり前になっていない。車を買えば車検に出す、家を建てれば火災保険に入る、そこに迷いはありません。空き家管理は、まだその域に達していないんですね。
しかも、いざ頼もうとしても選ぶ基準がない。料金もサービス範囲も会社ごとにバラバラで、「これを選べば安心」という物差しが世の中に育っていない。初めての街で、口コミサイトなしに飲食店を探すような手探り感が残っています。
ここは、ぼくら事業者側がまだ整えきれていない領域です。
所有者が「向き合えない」心理
もう一つは、所有者の心の側の溝です。こちらのほうが根は深いと感じています。
まず、実家の鍵を他人に預けるのは、想像以上に重たい。子どもの頃の記憶があり、通帳や印鑑がどこかにあるかもしれない家です。理屈では「プロに任せたほうが安心」とわかっていても、感情がついてこない。サービスの善し悪し以前の壁です。
そして「まだ大丈夫」という先送り。去年帰ったときは何ともなかった、だから今年も平気だろ。
そう思ううちに雨樋が詰まり、庭が藪になる。離れて暮らしているほど、その変化は見えません。
さらに正直なところ、動けない一番の理由は面倒さでもお金でもなく、「向き合うと、次に相続や解体や売却の話が待っている」から、そこにフタをしておきたい、という気持ちだったりします。
誰にでも起こることで、責められる話ではありません。事業者としては、この心理を理解しておくことが、そのまま顧客対応の質につながります。
橋が架かりはじめている
とはいえ、渡れる気配は出てきました。
一つは制度の動きです。
2023年に空き家に関する法律が見直され、管理が行き届いていない空き家への対応が前に進みつつあります。
放置し続けるコストが、今後少しずつ変わる可能性はあります。ただし税制や優遇の細かい扱いは自治体によって差が大きいため、実際の判断はお住まいの自治体窓口や専門家に確認するのが確実です。
これは「放置すると罰が来る」という脅しではなく、社会全体が「空き家は持つものから管理するものへ」と静かに潮目を変えつつある動き、とぼくは捉えています。加えて相続を迎える人がこれから増え、メディアの露出も続く。損得で動く層の背中が、じわりと押されはじめています。
自分の業界の、どこから橋を架けるか
空き家管理は、認知から採用へ移る前夜にいます。
ということは、最初の橋頭堡(はしがかり)になる顧客層を見つけられた事業者に、大きな余地があるということです。
ぼくらの場合は、全部を狙わず「遠くに住み、相続で空き家を引き継いだ所有者」に絞っています。
この層は鍵の壁も先送りの気持ちも抱えつつ、「近くにいないから物理的に何もできない」という切実な困りごとがある。だから最初に橋を渡ってくれます。
隣接業界にも、同じ発想が使えます。
不動産業なら、売却をためらう顧客の決めきれない時間を管理でつなげる。
介護・福祉業なら、施設に入った親の家という空き家予備軍と日々接している。
警備・清掃業なら巡回のノウハウがそのまま生きる。
士業なら相続相談の入り口に管理を置ける。
地域金融なら、相続を控えた顧客の情報を誰よりも持っています。
ゼロから空き家市場に飛び込むのではなく、いまの事業の隣にそっと管理を置く。
その置き場所が、あなたの橋頭堡になります。信頼は情に訴えるのではなく、何回訪問し、どう変わったかを見える形で積む。溝は根性ではなく設計で越えるものだと、ぼくは考えています。
この記事の背景や現場目線の補足は、ぼくの「空き家ビジネスnote」でも解説しています。
















