線状降水帯と空き家。同じ雨でも、人が住んでいない家は結果が変わる
「うちは大丈夫」の大丈夫は、いつの話ですか
遠方に実家や空き家を持っている方は、心のどこかで「まあ、うちは大丈夫だろう」と思っていることが多いように感じます。
これは根拠のない油断ではありません。
去年も、その前の台風も、大きな被害はなかった。だから今年もたぶん平気だろう、と考えるのは当然です。
ただ、ひとつだけ立ち止まって考えたいのが、その「大丈夫」の基準がいつの記憶なのか、という点です。
じつはぼく自身、先日の豪雨のさなかに実家を見に行って、台所の屋根からの雨漏りと、壁に広がった大きな雨染みを見つけました。
普段の雨では気づかなかったものが、豪雨には勝てなかったんです。
線状降水帯は、少し種類の違う雨です
そもそも線状降水帯とは、次々にわいた雨雲が列になって、同じ場所に長い時間、豪雨を落とし続ける現象のことです。
ふつうの雨なら、いずれ上がって排水が追いつきます。
ところがこの雨は、水の逃げ場がなくなるまで降り続ける。
実際、ぼくの実家の雨どいも追いついていませんでした。
去年までの「これくらいなら平気」という感覚が、通用しにくくなってきています。
家や街は変わっていなくても、降る雨のほうが変わってきている。そう考えるほうが自然だと、ぼくは見ています。
同じ雨でも、空き家だと結果が変わる
ここが、空き家管理の現場を見てきた立場で、いちばんお伝えしたいところです。
同じ雨が降っても、人が住んでいる家と、空き家や留守宅とでは、その後がまるで違います。
人が暮らしていれば、天井に小さな染みができた瞬間に気づきます。
雑巾で拭いて、業者を呼んで、それで終わる話です。
ところが誰もいない家では、その小さな雨漏りが、何日も、ときには何週間も、気づかれないまま広がっていきます。
住んでいれば一晩の出来事で済んだことが、空き家では大ごとになる。
被害が広がりやすく、しかも発見が遅れる。
この二つが重なるのが、空き家の怖いところです。雨そのものより、「誰も見ていない」ことのほうが、じつはリスクだと言えるかもしれません。
遠くにいても、今日できることがあります
こう書くと不安になりますが、遠くにいてもできることはちゃんとあります。
まず、実家の住所でハザードマップを一度見てみてください。
多くの市区町村のサイトで見られます。
浸水の想定や土砂の注意区域がひと目で分かるので、自分の実家がどのくらいの立地なのかを頭に入れておくだけでも違います。
次に、ご近所や地元の親戚・知人に、「大雨のとき、外からちらっと見てもらえませんか」と一声かけておく。
これは電話一本でできます。
何かあったときに連絡が来る相手が一人いるだけで、発見の遅れはぐっと減ります。
そして、もし帰省する機会があれば、雨どいと排水口の詰まりだけでも見ておくと、水のあふれはだいぶ防げます。
落ち葉が数枚ふさいでいるだけで、あふれ方は変わります。
「誰が見に行くか」だけは、決めておきたい
とはいえ、遠方で、仕事もあって、そう何度も帰れない。これが多くの方の現実だと思います。
ぼく自身、身内の家のことで、同じもどかしさを味わっている最中です。
だからこそ、「誰が見に行くか」だけは先に決めておきたい、というのがぼくの考えです。
自分で行けないなら、ご近所に頼む。
それも難しいなら、空き家管理士に依頼するという選択肢もあります。
豪雨の前後に見回り、写真で状況を報告する。そういう役割です。
無理に依頼をすすめるつもりはありません。ただ、頼れる先があると知っておくだけで、気持ちはずいぶん軽くなります。
空き家管理士協会では、こうした見回りや報告を担う全国のネットワークづくりを進めています。
というわけで
「うちは大丈夫」は、悪い感覚ではありません。
ただ、その大丈夫が何年か前の記憶のままになっていないか、一度だけ確かめてみてほしいのです。
明日できる一歩は、実家のハザードマップを開いてみる。それだけです。
「うちは大丈夫」を「確かめてあるから、大丈夫」に変える。まだ続きそうな今年の豪雨シーズンは、まずそこから始めてみませんか。
この記事の背景や現場目線の補足は、ぼくの「空き家ビジネスnote」でも解説しています。
















